ガラテヤ書4 章8-20 節
わたしの子供たち、キリストがあなたがたの内に形づくられるまで、わたしは、もう一度あなたがたを産もうと苦しんでいます。(ガラ4:19)
神に義とされる(救われる)ために断じて「割礼」も「律法」も必要ない。あなたのままで良い。ただ「キリストの信実」を受け入れれば良いのだ。だからそっちへ行ってはいけない!・・・パウロは、手紙の冒頭からいきなりギアをトップに入れるかのように、ガラテヤ地方のクリスチャンたちを説得していきます。ところで、手紙の後半にさしかかったあたりで、パウロは自分とガラテヤの人々が初めて出会ったときの思い出へと話を向けます。それは、パウロにとって感激と感謝に満ちた記憶でした。
パウロがガラテヤ地方で福音を宣べ伝えるきっかけとなったのは、「体が弱くなったことがきっかけで」(4:13)と記されているように、病気や身体的な困難を抱えて旅程の変更を余儀なくされ、結果としてガラテヤ地方の人々に福音を伝える機会が生まれたということです。ところが、そのことはパウロにとって思いを遙かに超えた素晴らしい出会いとなりました。14 節にはこう書かれています。「わたしの身には、あなたがたにとって試練ともなるようなことがあったのに、さげすんだり、忌み嫌ったりせず、かえって、わたしを神の使いでもあるかのように、また、キリスト・イエスででもあるかのように、受け入れてくれました」。この記述から、パウロの病気が単なる軽い体調不良ではなく、人々にとって「試練となるもの」であったことが分かります。病名は定かではありませんが、その病状は見ていて痛々しいもの、あるいは当時の人々が不快に感じたり、迷信的に不浄なものと見なしたりするような性質のもので、それゆえパウロを受け入れるためには、ある種の抵抗感を乗り越える必要があったということです。にもかかわらず、その障壁をものともせずに、パウロは人々から受け入れられ、それだけに留まらず、自分が語る「キリストの福音」をも受け入れてくれた、という非情に感激に満ちた出会いの出来事でした。
ですから、ガラテヤの人々が今さら「律法の枠組み」に入っていくことにパウロは我慢なりませんでした。「律法の枠組みに入る」とは、人間の行為や力を頼む生き方に入ること、あるがままの自分への神の愛を否定すること、また律法が定めるように不浄や汚穢を蔑む感覚を迎え入れてしまうこと、つまりは人間の自由な出会いや交わりに壁を建てていくことになるのです。パウロにとってそれは、あの時の素晴らしい出会いが無意味とされ、否、キリスト自身が無意味にされてしまうことだったのです。吉髙叶