サムエル記下6 章1-23 節
サウルの娘ミカルは窓からこれを見下ろしていたが、主の御前で跳ね踊るダビデ王を見て、心の内にさげすんだ。(サム下6:16)
先週は、ダビデの台頭を恐れ、執拗にダビデ殺害を企てるサウル王とダビデとが、思わぬ対面をし、和解が成立するエピソードを読みました(サム上24)。『サムエル記』の上巻は、預言者サムエルの死・サウル王と王子ヨナタンの戦死の記事をもって閉じられます。続く下巻は、まずはユダ族を掌握して王となったダビデに対して、亡きサウル王の家臣がサウルの息子を擁立し、また他の部族を集めてダビデ対抗陣を敷き、ユダ対イスラエルの内戦に突入していく様子が記されていきます。サウルの家臣の寝返りや暗殺など、どろどろとした暗躍劇の末に、遂にダビデが全イスラエルの統一王国の主となるのです。
ダビデは、古代イスラエル史において、特別な王であったことは疑いようがありません。イスラエル統一、エルサレムへの遷都、宮殿の建設、近隣国への進出と領土の拡張。それ故にでしょう、後のイスラエル(ユダヤ)の人々にとって、ダビデは「理想の王」の記憶となりました。また、ユダヤに与えられる「メシアのモデル」のようにさえ考えられるようになりますが、でも果たして本当にそうでしょうか。『サムエル記』は、手放しで「ダビデの輝き」を賛美しているのでしょうか。ダビデにまつわる、どのエピソードも、その前後の流れを丁寧に読んでいくと、どうもそうではないのです。
ダビデは章を追って富みと権力を手中にしていきます。彼の「栄華」を表す一面として、多くの妻や側室を持ったことが記されていますが、その結果、異母兄弟の王子たちが生まれています。それらは、一見すれば王家の繁栄ですが、その子どもたちが、やがて跡目を争う熾烈な対立関係に陥ることが静かに予告されていますし、そのダビデの「猛者ぶり」の陰で、深く傷つけられていく女性たちの姿も見ていくべきでしょう。そもそも王宮・王室の裾野が広がると、それを支え維持するために、土地も建築も使用人も、労働者も必要となり、その結果、民衆に課せられる税金は膨らんでいきます。『サムエル記上』8 章で、サムエルが「王を持てばどうなるか」と民を諭した言葉がそのまま、現実のものとなっていくのです。そして、ダビデはエルサレムに神の臨在の徴である「神の箱」を運び込みます。政治権力に加えて、宗教的権威を手にしようとするわけです。そうしたダビデの高ぶり浮かれた姿を、冷ややかな目で見ていた女性がいました。ダビデの最初の妻・ミカルです。彼女は、輝きのその陰からの声をダビデに放つのです。吉髙叶