テモテへの手紙一3 章8-16 節
神の家とは、真理の柱であり土台である生ける神の教会(エクレシア・集められた人々の群れ)です。(テモテ3:15)
日本バプテスト連盟に加盟する教会は、他のキリスト教教派にはないユニークなプログラムを持っています。それが「子どもから大人まで、全年齢層による『教会学校』」です。明治時代のプロテスタント宣教開始以降、「日曜学校」から「教会学校」と名称が変わっていっても、キリスト教諸派に一貫していたのは、子どもたちへの宗教的情操教育の場としての「教会学校」でした。「聖書物語、キリスト教の教理、倫理観・道徳観を子どもたちに教える場」として位置づけられてきました。ですから、教会学校の教師は、それなりの経験と見識を持つ人が、その任に就くものと考えられてもきました。
けれどもバプテスト教会が大切にしているのは「共同学習」です。「学校」というと講壇に向かって椅子が整然と並べられている教室を思い浮かべますね。教える人と教えられる人々が対面して、講壇から「受け取るべきもの」が発信されていく、そんな一方通行的なイメージです。でも、「学校」とは、ほんらいは「共に学び合う場」だと思います。独りで学ぶのでなく、仲間たちと共に学んでいく「共同の場」です。効率よく教えるために複数人が集められているのではなく、共に学び合うためにグループとなっているのです。「学ぶ」とは、「もう既に決まってしまったこと」を受け取る作業ではありません。共通の題材・話題を巡って、メンバーそれぞれの体験や感覚からくる感想や連想を聴きあい、混ぜあい、展開させることによって、「生活(生きる活動)」にとっての大切なものに気づいていく(経験にしていく)営みだと思います。市川八幡教会の教会学校が大切にしたい要点の一つは、まさしくそのことで、①「聖書と仲間たち」から始まる「共同の学びの場」だということです。そして、②メンバー一人ひとりが「場となり場をつくる」ということです。「つくられた場」「出来上がった場」に参加するのではなく、自分自身がその「場となり」、共同の学びの「場をつくる」人となるということです。続いて、当教会の教会主題と年間テーマに引き寄せるなら、③その「共同の場・対話の時」を通して、「隔ての壁を越え、いのちに吹く優しい風に」させられていく、ということでしょう。
聖書に証しされ、イエス・キリストによって示された神の想いを、仲間たちと共に、互いの体験や感覚を紡ぎあわせながら味わい、しかも春夏秋冬の道のりを共にたどりながら、「生活」する上での「共同の経験」にしていく営み、それが「教会学校」です。吉髙叶