詩編49 編1-21 節
しかし、神はわたしたちの魂を贖い、陰府の手から取り上げてくださる。(詩編49:1-3)
先日行われたアメリカの中間選挙で、民主党が上院、下院の双方で多数を獲得しました。トランプ大統領にとっては、政権運営の大きな後退を強いられる結果です。その背景には物価高や極端な移民政策、イラン戦争への不満など、さまざまな問題があります。しかし、トランプ大統領の政策だけでなく、まるで自分が国家そのものであるかのように振る舞い、異論を許さず、他者を見下すような言動を繰り返してきた政治姿勢に対して、有権者の不満や嫌悪が積み重なっていたことも見逃せません。
興味深いのは、選挙結果が出るや否や、これまでトランプ氏の周囲に集まり、その権力を支えてきた有力者たちの間にも変化が生じていることです。現副大統領も距離を取り始め、下院議長を務めた人物も、次期議会ではその職に立候補しない意向を表明しました。権力の中心にいるときには、その人物の言葉に従い、その力を利用しようとしていた人々が、風向きが変わると、今度は自分自身の政治的な将来を考え始める。そこには、政治の世界の実に人間的な、そして滑稽な光景があります。
詩編49 編は、まさにこうした人間の姿を見つめているのではないでしょうか。
「人に富が増し、その家に名誉が加わるときも、あなたは恐れることはない。死ぬときは、何ひとつ携えていくことができず、名誉が彼の後を追って墓に下るわけでもない。」
人間は富を蓄え、権力を手にし、名声を得ると、自分が何者かになったように錯覚します。周囲の人々も、その力に引き寄せられ、まるでその栄華がいつまでも続くかのように振る舞います。しかし、詩編の作者は、そうした人間の姿とその末路とを冷静に、また容赦なく見つめています。どれほど財宝を手にしていても、どれほど権力を振るっても、人間は結局の所、自分の命を買い戻すことさえできないし、死を前にすれば、富も名声も何一つ携えていくことはできないのです。
今回のアメリカの政治の動きを見ながら、詩編49 編の風刺的な視線を思います。この詩は、「あなたは、いったい何を頼りに生きているのか」という問いかけを放っています。それは、単に権力者への批判ではありません。今回、世界政治の中枢舞台で繰り広げられている光景を眺めている私たち自身も、同じ問いの前に立たされているのです。と同時に「神の恵みに生きなさい」との呼びかけの前にも、私たちは立っているのです。吉髙叶