2021年12月12日礼拝「ベツレヘム、いと小さき者」

ミカ書5 章1-4a 節

エフラタのベツレヘムよ、お前はユダの氏族の中でいと小さきもの。お前の中から、わたしのためにイスラエルを治める者が出る。(ミカ書5:1)

「今、身を裂いて悲しめ、戦うべき娘シオンよ。敵は我々を包囲した。彼らはイスラエルを治める者の頬を杖で打つ。(ミカ4:14)

これがミカ書5 章の(未来にまつわる)預言が発せられた時代の現実でした。大国アッシリアによって北王国は既に滅ぼされ、南王国もほぼ全土が制圧されて隷属国とされ、「頬を杖で打たれ」ていた時代でした。防衛のために築かれた主要な町のすべてが、分割されてアッシリア配下の他の国々に統治されてしまったのでした。主ヤハウェに信を置き、異教崇拝を一掃して懸命に宗教改革を実行したヒゼキヤ王の志を引き継ぐことができずに、一転して大国へおもねり、その代償として異教崇拝を再び導入し、エルサレム神殿の中にさえ異教の祭壇を築くようになったマナセ王の時代に、これらの頽廃と転落が起こったのでした。そうした不安定な情勢の中、民たちの中には安直な解決策や低劣な言説が行き交い、民の心はますます混乱し、社会はどんどん荒廃していきました。ミカの預言はそのような暗闇の中に響いたのでした。それは「メシア出現」の預言でした。
ミカとイザヤは同時代の預言者です。イザヤもまた、イザヤ書7 章や9 章にあるように「おとめが身ごもって」メシアが産み出されること、「ひとりのみどりごがわたしたちのために生まれる」ことを預言しています。ミカも同様に「産婦が子を産むとき」と、「登場」ではなく「誕生」としてメシア出現を預言しました。ミカの預言の特徴は、なんと言っても、エフラタのベツレヘムに生まれ出ることを預言したことでした。
ベツレヘムはエルサレムから南に10 キロ程度下った小さな町です。ユダの氏族の中では「いと小さき者」であるエフラタ族の人々の土地です。「小さき者」とは「小さい、弱い、末っ子、取るに足らない者、最後の者」という意味ですから、メシア誕生の地としてベツレヘムが予告指定されたことに、人々は耳を疑い、また訝しんだことでしょう。
キリストがベツレヘムに生まれ、飼い葉桶に寝かされた人であったことは、福音を理解していく上で重要かつ象徴的な出来事です。聖書が語る重要な事実は、常にいと小さき者が選ばれ、いと小さき場所が用いられて福音は光を放つということです。中心都市エルサレム、しかし人を解放する力を保持できず、常に策謀と混乱が渦巻くエルサレムの傍らに、ひっそりとたたずむ「いと小さき町ベツレヘム」こそが、いにしえより神の目にとまっていて、事実、キリスト誕生の地となったことは大変意味深いことです。【吉髙叶】

 

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