2022年3月6日礼拝「切断面で祈る」

ローマの信徒への手紙 8 章 34 ~ 39 節

だれが、キリストの愛からわたしたちを引き離すことができましょう。(ローマ 8:35)

2011 年 3 月 11 日、驚愕の東日本大震災が起きてから数ヶ月後、わたしと妻は南相馬市の海岸沿いの住宅地に足を踏み入れました。すべての住宅が土台の痕跡を残して水平に切断されていました。三方数百㍍にわたって、真っ平らでした。しかし、足下のひとつひとつの家の区画は、切り取られ取り残された土台の仕切りでわかりました。そしてそのぎざぎさの断面にへばりついている泥だらけの熊のぬいぐるみ。ここに、何百という
家があり、その何倍もの人々の暮らしが、あの日の前日まであったのです。
「切断」。町が真横に切断されていました。昨日までの光景が切断されました。人間の時間が昨日と今日に切断されました。家族の交わりが切断されました。人生の意味が切断されました。人間のあらゆる連続性が壮絶な力によって切断されたのでした。それでも、切断された断面に、人は再び足を踏み入れ、鍬を入れ、がれきを除き、種を植え、断ち切られたものを再びつなごうとして生きてきたのです。ある区域を除いて。たしか
に地震と津波の切断力は爆発的でした。しかし、東京電力福島第一原発事故から放たれた放射能の切断力は暴力的で、悪魔的でした。もはや、人々に再び耕すことを許さず、二度とそこでつながる事ができないほどの切断面を地上に彫りつけたのです。
広島も長崎も、人間を暴力的に切断する力に襲われました。それはアジア諸国の歴史を切断して支配しようとした戦争の結末でした。朝鮮半島はいまだに 38 °線で切断され、沖縄本土は土地が切断されて基地にされています。ミャンマー国軍のクーデターも民衆の歴史と夢を切断しました。ロシアの軍事侵攻もウクライナの民衆の暮らしを切断しました。切断という暴力的な力に、わたしたちは繰り返し苦しめられています。だから、
わたしたちは切断する力に怒りを覚えます。切断する力に抗うのです。「それは、もしかすると、わたしたちを切断してしまうのではないか」という感覚を働かせる人間になりたいのです。

3.11 東日本大震災から 11 年目を数えます。あの日、あの時、切断されてしまったものは結ばれ直せましたか? 切断されたままのものはありませんか? そう問いかけながら、目を凝らしていたいと思います。それだけでなく、切断されたところから再びつながったものは何ですか?と、時間と共に育てられてきた「つながり」の美しさも探していきたいと思います。切断面での祈りと記憶、それは大切な「つなぐ業」なのです。 【吉髙 叶】

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