2024年4月7日礼拝「ただ十字架に」

コリントの信徒への手紙一1 章10-18 節

十字架の言葉は、滅んでいく者にとっては愚かなものですが、わたしたち救われる者には神の力です。(コリⅠ 1:18)

新年度がスタートしました。今年度の教会テーマは「集まって祈り、神に聞く」です。何年も年をまたぎ年度をまたいで続いている不条理な戦争の悲惨。次々と襲いかかる自然災害の脅威。「新たな戦前」と称するしかない日本の状況。貧困の現実と未来不安、国籍の違いによる住民の分断。こうした時代の現実を生きながら、わたしたちはそれでも神の前に集まり、悲しみを見つめて祈り、聖書から「共に生きるためのことば」を聞いていこうと思います。一年間の共なる歩みと交わりをどうぞよろしくお願いします。
さて4 月-7 月にかけての3 ヶ月間は『コリントの信徒への手紙』を読んでいきます。この書簡は、伝道者パウロがかつて設立に携わったコリントの教会共同体に宛てて書いた手紙です。紀元54 年頃のこと、エフェソに滞在しているパウロは、コリントから来た人物より、共同体の中で分派争いが起こっていることや、異宗教への関わり方や性や家族についての理解、礼拝の捧げ方の理解に相違があって、とても混乱状態に陥っていることを聞かされます。そこで、パウロとしてのアドバイスを届けたのが『コリントの信徒への手紙一』です。1 章を読むと分争の原因が伺えます。共同体メンバーたちは、自分が尊敬し依拠する人物を比べ合っていて、ある人々は「アポロだ」、ある人々は「ケファ(ペトロ)だ」、またある人々は「パウロだ」と言い張って亀裂を生んでいるというのです。その違いをざっくり解説すると、アポロとは「知識や論理」の重んじ、ケファとは「権威」の重んじ、パウロとは「人間関係やいきさつ」の重んじを象徴しています。人を惹きつける(魅了する)「魅力」という力がありますが、何に魅力を感じるか、何を重んじようとするかは人それぞれ違います。コリントは大商業都市で、多種多様な人々が集まっていましたから、共同体の中にも社会的階層を異にする人々がいて、それら階層の違いもどうやら分派の動きに影響を与えているようです。こうした種々の「魅力」の違いからくる対立の中に、パウロは「イエス・キリストの十字架以外のものを誇ってはならない」と熱弁をふるいます。たしかに「十字架」はこの世の考え方からすると「愚かさ」以外の何ものでもないかもしれない。知恵や権威や関係の魅力の方に惹かれるのかもしれない。しかし、私たちを真に支えているものはそれらの魅力的な力だろうか。ただただイエスの十字架に現された神の愛なのではないのか、と語るのです。吉髙叶

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