2026年5月31日礼拝「神の恵みの決算報告」

テモテへの手紙6 章11-21 節

不確かな富に望みを置くのではなく、わたしたちにすべてのものを豊かに与えてくださる神に望みを置くように。(テモテ一6:17)

『テトスへの手紙』や『テモテへの手紙』は「牧会書簡」と呼ばれます。「牧会」という語は、もともと聖書の「羊飼い(牧者)」のイメージに由来しており、単に教会を運営したり統括したりする働きではなく、メンバー一人ひとりの信仰と人生に寄り添い、神との関係の育みを助けていく働き全体を指しています。で、『牧会書簡』ですが、これらの「手紙」は、初代教会のカリスマ伝道者パウロが、若くして教会指導者となったテトスやテモテに宛てて、共同体の信徒たちをどのように「牧会」していくべきかをアドバイスしている内容です。信徒たちを牧会するテモテたちを、さらに牧会するパウロの手紙という体を取っているわけです。ただし、実際にこの手紙が書かれたのは、パウロやテモテたちが活動した時代より何十年も後、2 世紀初頭の頃のことです。当時のキリスト者共同体は、ローマ帝国社会の中で、定着し、持続し、社会に根付きながら、にもかかわらず、いかにキリスト者共同体の独自性と使命を保持していくか、また、いかに他の共同体と共有できる制度を定立していくか、ということが「共同体のテーマ」となっていました。それを「パウロから命じられている」こととして考え、共有したのです。
ところで、「草創期」と違って「定着期・土着期」には、「安定」と共に忍び寄ってくる様々な誘惑があります。共同体の構成員も、かつては、もっぱら「はじかれた人々・貧しい人々」でしたが、次第に、社会のいくつもの階層・階級から集まっているグループになっていきますから、その時代・その社会の価値観に対する考え方も多様なグラディエーションを持つようになります。とりわけ、「経済観念」というものが、共同体を揺さぶる危険な要素でした。『テモテへの手紙一』は、その結びのくだりで、富(金銭)に対する態度の問題が記されます。「金銭」という価値からニュートラルであること、この世の経済観念を安易に共同体に持ち込んではならないこと、が戒められています。それが「牧会の手紙」の結びに来るのですから、当時の共同体が直面し、揺さぶられていた問題の一面を知らされます。加えて「信仰集団」というものと常に隣り合わせている「集団保持と金銭」「集団拡大と経済」という危険な罠について思いを馳せさせられるのです。
折しも本日は教会の定期総会。前年度の決算を審議します。けれども、そこで振り返り、確認し、共に感謝すべきことは、単に「財政的な整合」のことではないのです。吉髙叶

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